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大阪高等裁判所 昭和61年(う)293号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四年に処する。

原審における未決勾留日数中一三〇日を右刑に算入する。

押収してある果物ナイフ一本(当庁昭和六一年押第一四六号の4)を没収する。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官田中豊、被告人及び弁護人大田直哉作成の各控訴趣意書に記載のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は、右弁護人作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する(ただし、被告人の控訴趣意はもつぱら量刑不当を主張するものである旨、右弁護人において釈明した。)。

一検察官の控訴趣意について

論旨は、要するに、本件強盗の訴因については、被害者甲野花子の供述その他の関係証拠により、被告人が右甲野方に赴いた当時既に強盗の犯意を有していたこと、仮にこの時点での被告人の強盗の犯意を認定することが困難であるとしても、少なくとも被害者が本件金員を差し出した段階における、同女の畏怖状態を利用しての右金員強取の犯意及び同金員強取の事実は、優にこれを認定しうるところであるのに、原判決が金員強取の事実及びその犯意を否定し、同訴因につき無罪を言渡したのは、証拠の取捨選択ないしはその評価を誤り、事実を誤認したものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない、というのである。

そこで、所論及び答弁にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、その他原審及び当審において取調済の関係証拠によれば、本件強盗の訴因については、被告人が甲野方に赴いた当初から強盗の犯意を有していたことまでは認め難いものの、その後被害者に対して原判示のような強制わいせつ行為に及ぶうち、後記のとおり、それら一連の被告人の言動に畏怖した同女から現金五万円を提供された段階において犯意を生じ、同女の畏怖状態を利用して右金員を強取するに至つた事実は、優に肯認することができる。

すなわち、右各証拠によれば、被告人は、甲野方で被害者に対してナイフを突き付けるなど原判示のような脅迫的言動に出た際、これに畏怖した同女が「お金ならあるだけあげます。」と言つたのに対し、「いくらあるか。」と申し向けており、その真意はともかく、少なくとも金員を要求する趣旨の文言を発していたこと、一方、被害者は、当初から被告人を強盗と思つて対応しており、同女方奥六畳間において原判示のわいせつ行為を受けた後も、被告人の主たる目的が金品強取にあると思い込んでいたこと、そのため被害者としては、金員を提供して一刻も早く被告人に退散してもらいたいと考えていたところ、たまたま被告人が浣腸器を取りに一時玄関へ引き返したことから、急いで箪笥の中から現金五万円を取り出したうえ、被告人に渡そうと思つて玄関口に向かい、まもなく引き返し台所付近で出合つた被告人に、方法はともかくこれを提供して退去を哀願したこと、なお、右金員提供時の具体的状況については右のように必ずしも定かでないが、少なくとも被害者は、右金員を直接被告人に手渡したか又は台所のテーブルの上に置いたかのいずれかであつて、右以外の方法ではなかつたこと、当時被害者は、これに先行する被告人の原判示のような暴行脅迫により極度に畏怖しており、右金員提供に際しても両手首をネクタイで縛られたままの状態であつたこと、ところで被告人は、当時被害者が前示のような畏怖状態にあることを認識しながら、右いずれかの方法により金員の提供を受け、そのまま帰ろうとしていつたん台所から玄関に通じる廊下に出たものの、被告人の後方から廊下について出てきた被害者をみて同女に対する欲情を押え難く、「いつ刑務所に入るかわからん。最後にもう一ぺん触らせろ。」と申し向けて、更に原判示のように浣腸器を同女の肛門に押し当てるなどのわいせつ行為に及んだこと、そして甲野方を出て自宅に帰るや、直ちに自己の借金返済等に充てるため妻に対し、「アルバイトの金が入つた。」などと嘘を言つて右金員のうちから二万円を手渡し、自らもその日のうちに残金の一部を知人に対する借金返済に充てるなどして費消したことがそれぞれ認められる。右事実に徴すると、被告人が原判示強制わいせつの犯行の際、被害者からの提供に基づくとはいえ現金五万円を奪取したことは明らかであつて、しかもその方法は、同女の手から直接交付を受けたか又はいつたん同女がその面前で台所のテーブルの上に置いたのを奪つたかのいずれかであり、右のいずれの方法によつたとしても、当時被告人が被害者の前示金員提供の趣旨と、それまでの自己の言動により被害者が痛く畏怖していることをよく認識もしていたことを推認するに難くないところであるから、少なくとも右金員提供の段階において、被告人がこれを奇貨として金員取得の犯意を生じ、自己の先行行為による被害者の畏怖状態を利用するとの意思のもとに右金員を強取するに至つたことは否定できないものというべきである。被告人の原審及び当審各公判廷における供述中右認定に反する部分は、被害者の原審証言等に照らし措信できない。

ところで検察官の所論は、第一次的には、被告人が甲野方に赴いた早い時点から強制わいせつの目的とともに強盗の犯意をも有していたと主張するのであるが、この点については原判決も説示するように、被告人が捜査当初から一貫して右訪問時の強盗の犯意を強く否定していること、被告人が変態的な異常性欲者であつて、これまで妻以外の特定の女性と変態的性行為をする際にも、自己の興奮を高める目的で、「俺は警察に追われているんや。人を二、三人殺してきた。」などと本件類似の脅迫的言辞を用いていたこと、また本件における金員についての発言が被害者又は被告人のいずれの側から先になされたものか、証拠上必ずしも明確でなく、少なくとも被告人の方から積極的に金員提供を話題に載せ、これを要求する文言を発したとまでは認め難いこと、更には被告人が甲野方奥六畳間に入るや、自ら金員を捜すとか、金員を要求して出させるとかの言動を全くとることなく、直ちに被害者に対するわいせつ行為に及んでいることなどにかんがみるときは、被告人の甲野方訪問直後の言動がもつぱら強制わいせつの目的のみに出たものとする見方も十分可能であつて、基本的には原判断を正当として是認できるから、右の所論は採用できない(もつとも本件においては、被告人が被害者から金員の提供を受けた時点でいつたん帰りかけた事実があつたことは所論指摘のとおりであり、これを認定しなかつた原判決にはその点の誤認があるというべきであるが、右の事実は被告人が強盗の目的を遂げたからではなく、被害者の哀願にあい、わいせつ行為の継続を一時逡巡したことによるものと解する余地もあるから、いずれにしても、これをもつて被告人に訪問直後から強盗の犯意が生じていたことの証左とすることはできない。)。

しかし、他方、原判決がその後被害者から金員提供のあつた時点においても被告人に強盗の犯意が存在したことを認め難いとした点は、明らかに判断を誤つたものであつて、到底是認できない。すなわち、右の点について原判決が説示するところは、要するに、被害者の供述にはあいまいさや種々の変遷がみられ、また変遷の理由として同女が述べるところも説得性に欠けるなどとして、その供述の信用性を否定し、これに反し、金員の取得状況について記憶がない旨の被告人の原審公判供述は排斥できないとしたうえ、結論的には、被告人が気付かぬまま本件金員が被告人着用のズボン右後ポケットに入るに至つた可能性を払拭できないから、強取の事実も強盗の犯意の存在も証明がないことに帰する、というのであるが、記録を仔細に検討すると、なるほど被害者の供述には原判決摘示のようなあいまいさや多少の変遷がみられるものの、その基本とするところは、「テーブルの上に置いたか、直接手渡したかのいずれかであり、それ以外の方法ではない。」というものであり、その間の供述変遷の理由についても、同女はそれなりに根拠を挙げて合理的に説明しているばかりか、そもそも本件当時の同女の心理状態からすれば、同女が右の点で一部記憶を欠落しているとしても何ら不自然とも思われないし、ましてそれが自己の供述の誤りを糊塗し、被告人を陥れるための虚偽の供述をしているなどとも解せられないから、その供述は前示の基本的な枠内において十分信用することができるのであり、この点をも否定する原判断は正当でない。そして、被害者の供述によれば、同女が右二つのうちのいずれの方法によつたとしても、被告人に対しその面前で本件金員を提供したことは明らかであつて、右金員提出の趣旨状況に照らしても、被告人がこれに気付かなかつた筈はないから、この点についての被告人の原審及び当審各供述は措信できなく、したがつて、原判決が摘示するような「被告人が気付かぬまま五万円が被告人の着用していたズボン右後ポケットに入るに至つた可能性」もまたありえないというべきである(なお付言するに、原審及び当審取調済の関係証拠によれば、両手首を縛られた状態の被害者が被告人の腰のあたりにすり寄り被告人に気付かれないまま本件金員を密かに被告人着用のズボン右後ポケットに押し込むなどということは、実際的にも不可能であるものと認められる。)。

そうすると、本件強盗の成立を否定した原判決は、結局、証拠の取捨選択ないしはその評価を誤り、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実を誤認したものであつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により破棄を免れないが、原判示強制わいせつの罪と右の強盗の罪とは併合罪の関係にあり、一個の刑を科せられるべきものであるから、その全部を破棄することとする。検察官の論旨は結局理由がある。

二破棄自判

以上の次第であるから、被告人及び弁護人の控訴趣意(量刑不当)に対する判断をせず、刑事訴訟法四〇〇条但書を適用して、当裁判所において、更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判示罪となるべき事実を第一事実とし、新たに次の事実を第二事実として付加する。

「被告人は、前記第一の日時場所において、右甲野に対し、前記のとおり暴行脅迫を加え、その反抗を抑圧してわいせつ行為に及ぶうち、被告人の主たる目的が金品強取にあると誤解し畏怖している同女から、現金五万円を提供して退去を哀願されるや、これを奇貨とし、右を了知のうえその場で同女管理の右金員を強取したものである。」

(証拠の標目)〈証拠〉

(被告人の責任能力についての判断)

原判決の弁護人の主張に対する判断と同一であるから、これを引用する。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法一七六条前段に、判示第二の所為は同法二三六条一項にそれぞれ該当するが、右の両罪は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、情状により同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽した刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一三〇日を右刑に算入し、押収してある果物ナイフ一本(主文掲記のもの)は、判示第一の犯行の用に供した物で被告人の所有に属するから、同法一九条一項二号、二項本文によりこれを没収し、原審及び当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は、変態的性行為を嗜好する被告人が、かねて顔見知りで独自の性的関心を寄せていた被害者に対し、強いていわゆるアナルセックスなどのわいせつ行為をしようと企て、犯行に使用するための凶器のナイフやガムテープ、浣腸器等を携帯して同女方に赴き、他の家人が留守とみとどけるや態度を豹変させ、右ナイフを同女の腹部に突き付け、ガムテープを貼り付けて口を塞ぎ、更に両手首をネクタイで縛るなどして、その反抗を抑圧したうえ、同女に対し、陰部を手指で弄び、右浣腸器を肛門に押し当てるなど執拗な態様のわいせつ行為をし、しかも、その際同女から現金五万円の提供を受けて退去を哀願されるや、これに乗じて右金員を強取したという事案であつて、大胆かつ自己中心的な犯行で、これにより被害者及びその夫に与えた衝撃は大きく、更に被告人にあつては、やや古いとはいえ、これまで強盗致傷罪等による懲役刑の前科二犯があり、本件当時の生活態度も芳しくなかつたことなどに徴すると、その刑責は相当に重いというべきであるが、本件強盗の点が必ずしも積極的な犯意に基づくものでなく、既にその被害も弁償されていること、また被害者に対しては、被告人の母親などが度々足を運んで謝罪し、原判決後においても更に慰藉料として金一五万円を支払い、そのため被害者も現在では被告人に対する寛大処分を望むに至つていること、その他被告人の反省の念や家族関係など弁護人指摘の被告人に有利な諸事情も存するのでこれらの点を斟酌し、特に酌量減軽をして、主文掲記の刑を量定した。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田登良夫 裁判官梨岡輝彦 裁判官白井万久)

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